家畜化とは何か - ソ連の科学者が行ったキツネの家畜化実験

09 25, 2016

家畜化されたキツネと犬


動物好きならばキツネを飼ってみたいなと考えたことはあると思う。動物園なんかに行けば飼育下にあるキツネを見ることができるのだが、キツネは犬や猫のように家庭でかわいがることはできない。もちろんオオカミやヤマネコだって飼いならすことはできない。犬や猫が人懐っこいのは、人によって家畜化されているからに他ならないのだが、キツネは家畜化されてこなかったのだ。ソ連の科学者が行った実験で生まれたキツネを除いては――。

というBBCの記事がおもしろかったので要約してみようと思う。



ソ連の科学者だけがキツネの家畜化に成功した

キツネの愛くるしさに魅入られた人々はたびたびキツネをペットとして手なずけようとしてきたが、その度に多くの人が挫折を経験してきた。もちろん犬や猫は人間のパートナーやペットとして、羊やヤギは食べ物として何千年もかけて家畜化されてきたわけだが、キツネの家畜化に挑戦した人々はキツネの「野性」について口々に語った。取り除くことが不可能なように思われる頑固な野性を持っているというのだ。そしてこれはキツネが他の動物と比べても家畜化しにくい種であるという仮説を生み出した。

それでもある実験がキツネの家畜化への道を示すに至った。この研究はわたしたちの祖先がどのようにして動物を家畜化していったのか、そもそも家畜化とは何なのかという根本的な疑問に対する理解を深める助けとなるかもしれない。


キツネは野生動物であってペットにはならない?

生物学者デービッド・マクドナルドがキツネをペットにしようと家の中に持ち込んだ時にはリビングをめちゃくちゃにされて終わった。このエピソードは彼の著書に言及されているが、他にもキツネを家の中に持ち込んだ人々は皆同じことを報告している。

庭での飼育を試みたイギリスのカメラマン、リチャード・ボウラーは、キツネは神経質で臆病だと語っている。彼が飼育した一番若いメスのキツネは人の飼育下(おそらく毛皮用に飼われていたものを譲り受けた)で生まれ生後一週間よりボウラー夫妻により餌を与えられていたにも関わらず極端に臆病だったそうだ。彼はキツネの気性について「奇妙だ」と描写している。

英国動物虐待防止協会もキツネを飼うべきではないと警告している。キツネは野生動物でありペットとして飼っても絶対にうまくいかないというのだ。(イギリスの法的には合法である)

時にはキツネを手なずけることに成功したという報告が寄せられることがある。しかし多くの場合これらの個体はトキソプラズマ症から回復したキツネである。トキソプラズマ症は脳にダメージを与える感染症であり、キツネに限らず動物を人々の接触を恐れなくさせる場合がある。

一方で都市部のキツネは人間に対して大胆であると描写されることもある。確かに、特定の誰かの手から餌をもらうことになれた個体が他の人間から餌をもらうことに抵抗がなくなるということはあるかもしれないが、これは「手なずけられた」とは言い難い。

結局のところキツネをペットとして飼うことはいい考えとは言えない。それが世界で唯一キツネの家畜化に成功したロシアのキツネでない限りは。


遺伝学者ドミトリ・ベリャーエフによる研究

1950年代の後半、ロシアの遺伝学者ドミトリ・ベリャーエフ(Dmitry K. Belyaev)はキツネの家畜化に着手した。このプログラムはノヴォシビルスクのサイトロジー・ジェネティクス研究所で行われ、我々の先祖が様々な動物に対して行った「家畜化」のプロセスをなぞることが目的とされた。被験体にはギンギツネが選ばれた。ギンギツネはアカキツネの亜種、(すなわち日本人に唯一なじみのあるキタキツネの仲間で)毛皮をとる目的で飼育されている種である。ベリャーエフは1985年に死去しているがリュドミラ・トルット(Lyudmila Trut)にプログラムは引き継がれ、現在も進行中である。

ずっと昔にキツネを家畜化しようという試みがあったという考古学的な証拠が存在するが、その試みは完成しなかった。人間は同時期に猫の家畜化に成功したため、おそらくペットとしてのキツネは猫にとってかわられたのだろうと、研究所の関係者が語っている。こういった、例えば猫の家畜化のプロセスを再現することがこの研究の目的となっている。

家畜化には未解決の問題がたくさん残っている。その疑問のひとつが、石器時代の人々は動物の持つどの性質を選択の基準としたのかという点だ。ベリャーエフは動物の家畜化にはテイマビリティ(tameability、人の存在を受け入れる、人の存在に耐えられる性質)だけで十分なのではないかと考えた。(人懐っこさともいえるが、tameabilityには日本語の「人懐っこさ」がもつような社交性という意味は含まれていないように思われる)


全体の10パーセントのキツネだけが弱い野性を示すことがあった。

スターリンはメンデルの法則を信用していなかったために(ルイセンコ論争)、ソヴィエト連邦では遺伝学の研究は禁止されていた。1953年にスターリンが死去すると、この分野の研究に対する制約は緩和されたのだが、ベリャーエフもこの当時は「より良い毛皮を作るための研究」という建前で研究行っていた。

まずベリャーエフらはソヴィエト全土の毛皮牧場をめぐり、ノヴォシビルスクの研究所に持ちかえるキツネを選別した。彼らは「ケージが開けられたときにどのような反応を見せるか」を基準として選別を行った。全体の10パーセントのキツネだけが弱い野性を示すことがあった。人間に御しやすいキツネと言える。

この段階では(作ろうとしている)種から人間に対する防御反応を取り除くことが主な作業となった。人間の接触に対して友好的な個体、接触に耐えられる個体だけがピックアップされた。その性質がかすかに感じられる程度であっても研究対象の候補となった。ケージの隅に隠れたり、攻撃的な鳴き声を上げる個体は候補から外れた。この段階で100ぴきのメスと30ぴきのオスが最初の世代として選ばれた。

子ギツネが生まれると研究者たちは人の手で餌を与えた。そして生後2ヵ月から2ヵ月半の間だけ毎回正確に時間を測って撫でてやった。こうした接触のあとでも攻撃的な反応や、人を避けようとする反応を見せる個体は排除された。これは毛皮コースである。いずれの世代でも10パーセントの懐きやすい個体だけが次の世代の親として残された。この厳格な選択の結果として2代、3代もすると攻撃的、あるいは人を避けようとする反応を見せる個体は根絶された。

この研究所のキツネに対しては人慣れさせるための訓練は行われておらず、ケージの中で飼育され、人との接触も最低限に限られた。ベリャーエフの目的がある種の遺伝的特徴を持った集団の創造だったので、彼は純粋にキツネの振る舞いだけを判断基準にして取捨選択を行った。

短い期間で家畜化のプロセスを再現することがベリャーエフの目的だった。この目的は今も変わっていないが、実験の中で進化の過程に対する理解は変わった。4世代目には劇的な変化が見らるようになった。


キツネは人の合図を読み取り、目くばせやジェスチャーに対して正確な反応を示すようになった

4世代目にはより犬のようなふるまいを見せる個体が現れ始めた。犬のように尾を振り、積極的に人間と接触をはかろうとするようになった。クンクン鼻を鳴らし、子犬がするように研究者たちをペロペロ舐めるようになった。

ここまでの過程は研究者も驚くほど速かった。極端な選択交配により、歴史的には何千年という時間を費やしたプロセスが数十年に圧縮されたと言える。

この犬のように振る舞うキツネたちはドメスティケーション・エリートと呼ばれ、世代を下るごとに全体のエリートの占める割合が増えていった。2005年、2006年までにはほぼ全ての個体がいたずら好きで人懐っこく、まるで犬みたいなふるまいをするキツネになった。このキツネたちは人の合図を読み取り、正確な反応を示す。鳴き方も野性のキツネとは変わっていた。


変化したのはキツネのパーソナリティだけではない

デューク大学で教鞭を執る文化人類学者ブライアン・ヘア(Brian Hare)はノブォシビルスクの施設を訪れ、著書の中でこの実験に対する賛辞を送っている。ふさわしい環境の下では、比較的短期間で家畜化が進ことに対する発見を称賛している。(彼の見たキツネは15世代だったようである)

我々は狼と犬が同じ祖先をもっていることを知っているが、どのような段階を経て現代の犬になったのかは知らない。それをこの実験は我々に示してくれる。キツネの実験ではフレンドリーな性質を選択してきただけだが、他の性質も意図せず発現するようになっていると、ヘアはこの点を強調している。

ベリャーエフとトルットは実験の早い段階で、変化したのがキツネのパーソナリティ(性格)だけではないことに気が付いていた。すなわち身体的特徴にも変化が現れていたのである。

実験の極初期からキツネの振る舞いに関する変化と同時に形態学的な特徴にも変化が見られた。まず垂れた、あるいは垂れがちな耳を持つようになった。この特徴は犬や猫、豚、馬、ヤギなどの他の家畜化された動物にも見られる特徴である。次に丸まった尻尾。これも犬や豚に見られる特徴である。さらに世代が進むと骨格の変化も見られるようになる。四肢や尾、鼻や上あごが小さくなり、頭は大きくなった。端的に言えば、よりかわいい見た目になった。

繁殖に関しても変化がみられる。野生のキツネよりもひと月早く生殖可能になり、繁殖期も長くなり、繁殖期外に交尾をするケースも見られた。一回の出産で産む子の数も平均で1頭多くなった。

ただ一つの性質、テイマビリティ(tameability)を基にした選択交配だけで、これらすべての変化が発現しているということになる。これらの結果が家畜化とは何かについてのヒントを我々に与えてくれる。

垂れた耳など、この実験により確認された身体的特徴は多くが動物の若い時期に見られるものである。つまりこの選択交配というプロセスの中でキツネたちは成長を遅くさせられているように思えるのだ。

成長の鈍化という観点で考えると、原因としてキツネの体内で働いているなんらかの化学物質が影響を与えているのではないかと考えるのが自然である。


選択交配による神経伝達物質への影響

ベリャーエフはテイマビリティに基づく選択交配はキツネの作り出すホルモンや神経伝達物質に影響を与えたと考えていた。たとえば垂れた耳は副腎の働きが抑えられたことによる結果かもしれない。これにより耳が立つための細胞の成長が抑制される。

またこの施設のキツネは普通のキツネと比べてセロトニンの分泌量が高いレベルにあることが確認されている。セロトニンは動物の攻撃的なふるまいを抑制する物質と考えられていたのでこの発見は興味深いものであった。他の神経伝達細胞と同様、セロトニンも動物の発達に大きく影響を与える物質である。


資金難

2016年8月の時点でも研究は続いているが、施設は資金難に直面している。危機的な状況ではないが安定しているとはいいがたい。1990年代には毛皮を売ることで研究費用の足しにした。1990年の終わりころからキツネをペットとして販売するようになった。現代ではフロリダの企業がこの施設のキツネを輸入販売している。価格はおよそ90万円である。施設の目下の目標はキツネに変化をもたらした遺伝子の特定である。


人間はまず社会性を手に入れ、その後に知性を手に入れた?

ベリャーエフらの研究は我々の進化に対しても理解のヒントを与えてくれる。見方によってはヒトは自ら家畜化されていると言えなくもない。人は時に残酷であるが、我々にもっとも近いチンパンジーと比べると攻撃的な性質は抑えられていると考えられている。

我々は知性こそが人類の繁栄の鍵となったと考えがちだが、我々の進化は協力、寛容、やさしさによる選択交配の結果であり、知性は必ずしも選択されてきたわけではないのかもしれない。その場合、社会性こそが人類繁栄の鍵と言えるのではないだろうか、と文化人類学者のヘアは提示している。


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元バックパッカーの引きこもり、世界に飛び出す引きこもり。当初は役立つ情報を、と思っていたんだけど自分の興味しか書けないね。

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