SF世界の中華料理店にみる資本主義の限界

07 09, 2011
バトーさん攻殻機動隊 #14 全自動資本主義より

この街を、一匹の亡霊が徘徊している。――資本主義という名の亡霊が。


一昔前のSFでは、未来に生きる人々の生活水準はみんな一様に向上している。しかし最近のSFは現実的で、どんなにテクノロジーが進化していても人々は汚い食堂でラーメンを食べている。

科学技術が進歩すれば、人の仕事は何でもロボット、コンピューターに置き換えられて市民は賃労働から解放される。つまり、働かずして娯楽に興じることが出来るはずだった。これが理想としていた未来だが、そんな夢のような暮らしを経験した人々は後にも先にもローマ人だけだった。

実際には、せいぜいラーメンという娯楽が保証されれば、それ以上賃金は上がらなくなる。この問題にいち早く気がついたのはマルクスだ。資本主義は物を効率的に生産するが、物が余りだしたときに生み出した富を効率的に分配することが出来ない。

資本主義において、市場が飽和するまでは雇用はどんどん生まれて、旺盛な消費が経済を支える。しかし一度市場が飽和すると、企業は常に労働者をロボット、コンピューターに置き換えようとする。市民が賃労働から解放された結果は、消費の伸び悩みだ。

これがデフレの正体であり、この亡霊を打破するためには三つの道しかない。

1) 新しい市場を作る。
2) 大きな政府でもって分配する。
3) 原油価格が高騰し、安い仕事がすぐに見つかるようになる。

1)は規制緩和だとか金融商品、CO2排出権取引。あとはK-popやアニメなどサブカルチャーにおける商業色が濃くなる。これは既に行われていて、なお最終的な解決策にはならない。3)は科学技術は人を幸せにしないという、人類の歴史の否定。

2)がなぜ難しいかというと、自由主義思想の否定になるからだろう。言ってることは簡単で、「誰が被災するかなんて分からない。だから誰かが被災したときは助けてやり、自分が被災したときは手を差し伸べてもらおう」という合意。四十年前にロールズが提案した「無知のヴェール」の考え方。あとは手を差し伸べる範囲をどこまで広げるかという問題だ。

1、2、3のどれも結局はどれも今までの資本主義を否定することになる。社会主義、資本主義の両極端が否定され、残るは弁証法的な合意形成という中庸の道。

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マネーサプライと量的緩和

11 25, 2010
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日はマネーサプライをテーマに選んだ。本当は2ちゃんねるの経済板に書き込もうとして長文を作ったが規制中で書き込めなかった。悔しいので肉付けして記事にしてやろうと思う。ちなみに2ちゃんねるの経済板は最低なところで、書き込みの8割は政治学と社会学とオカルトに終始する。民主党、団塊、ロスチャイルド、マスコミどうのなんて書きこみは読み飛ばすに限る。所詮素人の集まり――どの口が言うか。

ネーサプライの話の末に何が出てくるかというと、リフレ政策が見えてくる。リフレ派の主張は要は金融緩和だ。マネーサプライの増加によってデフレからの脱却を図る政策。インフレターゲットの導入を求めるグループもリフレ派と言える。

銀の金融政策によりマネーサプライが増えると、つまり世の中に流通しているお金の量が増えると物価や賃金が上がる。つまりデフレが止まる。実に簡単なからくり。

ゃあその簡単なからくりをなぜ使わないのかというと、マネーサプライを増加させることが簡単な事ではないから。マネーサプライは金融機関の当座預金を含めないため、日銀は直接マネーサプライを増やす手段を持っていない。金融緩和を叫んでいる人々にもこのことを理解している人は少ないように見受けられる。(人々っても飽くまで2ちゃんねる経済板レベルの話だが)

マネーサプライは
総所得の関数である投機的動機に拠る貨幣需要(L1)と
総所得の関数である取引的動機に拠る貨幣需要(L2)の和


M = L1(Y) + L2(Y)


Yは総所得。インフレになれば増加するが、Mが増えなければインフレにはならないという循環論法。
L2は簡単に言えば生活費。人々の生活水準によって変化する。
L1は金融市場の利子率によって変化。日銀が刺激できるのはこの部分。

を出されると嫌がる人もいるだろうが、式にすると明快だ。マネーサプライは需要と需要の和であって、いくら供給(印刷)してもマネーサプライは増えないことになる。

こで日銀がもつ手段は主に「政策金利」と「公開市場操作」。まずは政策金利。政策金利を下げ、市中銀行の金利が下がれば、金利と利子率の需要と供給が均衡をとるので金融市場にお金が回りL1(貨幣需要)が増加する。換言すれば、銀行に預けるよりも有価証券を保有した方が利益になる状態をつくる。ただし名目金利はマイナスにはならないので低金利政策には限界がある。するとゼロ金利政策下でも実質金利が高止まりするという状況があり得る(流動性の罠)。この場合は、日本はずっとこの状態なのだが、他の手段をとる他にない。

開市場操作では、日銀が金融市場で証券を買い上げる。銀行等金融機関の保有している証券、つまり国債や債権が現金に換わる。証券を持っていると利子がつくが現金には利子がつかない。現金を保有している金融機関は投資先を探し、借り手はお金が借り易くなる。

こで注意が必要なのは需要を出したのは日銀だけで、金融機関が投資先を探すのは供給だ。この段階でマネーサプライを刺激したのは日銀だけ。市中の需要ではないので飽くまで一時的。しかし、この一時的な効果が貨幣需要を刺激し事態が好転すると主張しているのがリフレ派。お金を借りやすくなれば借りる人が出てくる、つまり需要になるし、それがきっかけで経済が回りだす――という理屈。議論がある(不況定常)。

のリフレ政策にはアメリカが積極的で、これまでに150兆円(1.75兆ドル)、この先6ヶ月で70兆円(8500~9000億ドル)規模の量的緩和を行うが、今のところ国内のL1(貨幣需要)はほとんど増加せずに、もてあました資金は新興国へと向かっている。

幣需要は期待ほど刺激されていない、つまり国内にはお金を借りたいというひとが現れないが、ご存知のようにドル安が進みアメリカでの金融緩和は一応の好感をもって受け入れられている。反面ではアメリカと第三世界との経済格差がものすごい勢いで縮まっている。アメリカが稼いでも居ないのに使ったお金は400兆円に上ると言われている。400兆円の幻の楼閣が雲散霧消するならばアラビアンナイトのようで素敵じゃないか。

方で日本は金融緩和に消極的だ。ここに来て日銀の政策が緩和に向かいつつあるのは円高を嫌っているだけで、基本的に「注視する」というのが日本の姿勢だ。度胸がないのか放任が最善という確固たる自信があるのかは謎だが、日本では楼閣を幻と消してしまわぬために円高、デフレと慢性的に戦っていく道を選んだ。

本式の20年後というのはここに答えが出ている。150兆円のアメリカ式は少なくとも今のところ期待されていたほどの効果はなかったと言える。その様子を見て溜飲が下がった人も多いだろう。やっぱり口先だけで400兆円分集めたんだから、400兆円分のツケを負ったと考えるのが筋じゃないか。

れでもどちらが正しいかというのは誰にもわからない。膿を出し切れるならば、潔く一から出直したほうが社会の空気もよくなるだろう。どれだけ金融緩和を行っても膿が出し切れないとするならば日本が正解だったと言えるかもしれない。なんにせよ経済学に興味のある人にとっては、実はいま大変興味深い局面の真っ只中にある。

QE1
総額:1.75兆ドル
期間:2009年3月~2010年3月
買取対象:住宅ローン担保証券、政府機関債

QE2
総額:8500~9000億ドル
期間:2010年11月~2011年6月
買取対象:米国債
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普天間基地移設問題についてまとめ

03 29, 2010
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普天間飛行場

現在、嘉手納基地と並ぶアメリカ軍の拠点となっている。問題は、端的に言えば市街地が近すぎること。

普天間も嘉手納も沖縄本島の中部やや南。辺野古のある名護市は北。もちろんキャンプ、シュワブも名護市。

米軍としては、防衛上の理由から拠点、つまり飛行場が二つほしい。嘉手納基地と一本化というのはありえないし、この二つの基地がお互いをカバーしあう関係で無いと困る。つまり遠すぎるのは問題。


普天間基地ができる前、戦前の普天間は丘陵地だった。いくつか湧いている泉を水源に、農業が営まれていたということだ。つまり街ができたのはその後の話で、もっと言えば基地があったからこそ、そこに街ができた。「街が近い」という問題は行政の責任でもあるし、騒音についても言いがかりに近いんじゃないかという印象をうける。


米兵少女暴行事件を契機に移設機運が高まる

普天間飛行場のできた当時、沖縄はそもそも日本ではなかったわけで、占領軍が半ば強引に土地を借り上げて飛行場を作ったという事情がある。もともと「返還」を要求する声はあがっていた。それが95年、米兵少女暴行事件が契機となり移設機運が高まる。

次の年、1996年には橋本首相が「普天間基地の移設条件付返還」で合意を取り付ける。そして移設先の模索が始まるが、これが難航を極める。

結論からいうと、国、米軍、市長、知事の意向があわないために11年ももめることになる。11年かけて、県内移設反対派の市長、知事が容認派の市長と知事に代わるのを待つという形になった。

96年当時の太田知事は移設に反対していたが、98年に就任した稲嶺知事が移設を容認、移転先も辺野古で決定。名護市長(岸本)もそれに同意。

2005年には日米間でも辺野古で合意。しかし、ここでまた問題が出る。稲嶺知事は、飛行場が沖縄の財産となることを望んでいた。つまり、軍民両用の飛行場を希望していたのだが、この時点の合意ではその条件が達成されていないため、稲嶺知事が拒否。名護市長(岸本市長)はまんざらでもなかったが稲嶺知事に従い、拒否の姿勢を示す。

その後、2006年に名護市長が島袋市長に代わると、知事をはずす形で国と市が辺野古移設を合意。稲嶺知事は反対の姿勢を崩さず15年の期限を設けるなどの条件を出すものの、相手にされないまま任期を終える。

次の知事には移設容認派の仲井知事が当選。ようやく市長、知事、国、米軍が同じ方向をむき、2014年までに実現する見通しがたつ。


そんな中で政権交代がおこる

2009年。政権交代により民主党が与党になる。民主は「普天間基地の県外、国外移設」を公約に掲げていた。社民党はもともと日米安保にも在日米軍にも反対で、普天間の「県外、国外移設」という部分で民主と意見が一致し、連立を組むに至った。

しかし、民主党は「県外、国外」という理想の実現が難しいことに気がつき、鳩山首相は「政権公約は時間によって変化する可能性を否定しない」と発言。これに反発したのが社民、そして地元。五月までに新たな移設先を探すという運びになった。その後1月には名護市長選挙が行われ、移設反対派の稲嶺進氏が当選。自民党が11年間かけてようやく見つけ出した候補地、辺野古というカードも失い、現在に至る。
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日本人はMOTTAINAIを恥じるべき

03 25, 2010 | Tag,飢餓,食糧問題
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世界では10億人が飢餓に苦しんでいる。

その土地で食糧が得られるからこそ人が暮らしてきたわけで、慢性的に食糧が不足するというのはどうもおかしい。もちろん、原始的な社会で飢饉というのは度々起きるにしても、食糧が取れなくなれば移動すればいい。ところが今の時代、国境を跨ぐことは難しい。

工業国は農業国から食糧を買い、農業国は効率的な大規模農業で、最貧国の原始的な農業を締め付ける。たとえばハイチではアメリカから米を輸入している。農民は米を作らなくなった土地で取れる泥を食べる。

これは搾取に近い。技術力か武力かという違いがあるだけで植民地政策となにも変わらない



ここからは日本の話。

一日に国内外から集まってくる食糧は、一人当たり2573kcal。
そして日本人の平均摂取カロリーは1805kcal。
つまり一人当たり768kcalを廃棄していることになる。

一日に1億3000万人分の768kcalを廃棄している。一人分としてはちょっと少ないが、倍の1536kcalならば十分この先生きのこれる。賄える人口は6500万人。

毎日30000人の子供が餓死している中で、慎み深い日本人は6500万人分の食糧を廃棄している。


ちなみにこの廃棄分が食糧自給率の計算の分母にも含まれている。


飢餓の解決と私達にできること - http://contest.thinkquest.jp/tqj2001/40584/04/japan.html
世界の穀物自給率マップ - http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/0319.html
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タリバンとはなんだったのか

11 17, 2009 | Tag,アフガニスタン,戦争
taliban fighters

映画「子供の情景」を見てアフガニスタンに興味を持った。


アフガニスタンは200年間にわたり他国に蹂躙され続けてきた。ベトナムと同じように列強を押しのけていながらも、安定した政権を樹立できなかった。

アフガニスタンにおけるソ連軍の完全撤退が1989年。どう考えてもゲリラの勝利なのだが、首都に押し寄せたゲリラは、ソビエトの後ろ盾を失って弱体化したはずの傀儡政権に大敗している。もちろん傀儡政権はその後に自滅するものの、冷戦が終わると軍閥同士の内乱に突入した。

ベトナムと同じようにゲリラ活動をしていてもアフガニスタンにはホーチミンのような指導者がいなかった。傀儡政権に大敗したのだってそうだ。ゲリラ、後の北部同盟には頭が多すぎるのだ。小部隊のゲリラ戦では力を発揮するものの、攻撃に転じるとまるで統制がとれない。これはムジャーヒディーンというゲリラ活動の性格によるのだと思う。ムジャーヒディーン、ジ・ハードを遂行する者という言葉は、団体に結束を与えるよりもむしろ個人に大義を与えた。


そして颯爽とタリバンの登場。1994年、パキスタンからやってきたのがタリバン。なぜパキスタンからやってきたかというと、彼らは難民だったり戦争孤児だったりするのだ。10代から20代半ば、難民キャンプで生まれた子もいる。そんな彼らがマドラサと呼ばれるイスラム神学校で学び、祖国のために一つの意志を持って立ち上がるとわずか三年でアフガンを手中に収める。

なんかかっこいいんだけど、これがおかしい。話がうますぎる。結論から言えばタリバンはパキスタンの傀儡政権だったのだ。かっこいいと思えてしまうのがなかなかうまいシナリオだ。電光石火の勢力拡大を可能にしたのは地元勢力の買収とタリバンに紛れ込んだパキスタン兵。

というわけでこのタリバンの崩壊っぷりがまたすばらしい。911を受けて米英軍がアフガニスタンに軍事作戦の展開をはじめるとわずか2ヶ月で制圧。イスラム原理主義のエリートたちがそんな簡単に逃げ出すというのはやはりおかしい。ムジャヒディーンには旧日本軍の玉砕に通じる思想があってしかるべきなのに大した抵抗もなく逃げ出す。オマル氏だって徹底抗戦を呼びかけることもせずに行方不明。

ロシア、イギリス、ソビエト、アメリカ、パキスタン。アフガニスタンは200年にわたり傀儡政権ばっかりだ。カルザイっていうのがすごくメディア映りがいいんだけど、これまた微妙なんだ。

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元バックパッカーの引きこもり、世界に飛び出す引きこもり。当初は役立つ情報を、と思っていたんだけど自分の興味しか書けないね。

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